彼氏が入院した話4 それってゲイの人の病気ですか

ゲイカップルのジレンマ

「それって、ゲイの人がかかる病気なんですか?」

 彼氏の妹の、切りつけるような言葉が、俺の心をえぐりました。

救命医の説明と俺への気持ち

もう何年も一緒に仕事をしてきた救命医は、ちらりと俺を見て、「どういうことですか」と妹に尋ねました。妹は「兄はこの人と暮らしていたそうです。同性愛者みたいです。それって、何か病気の感染に関係しているんじゃないですか」と、俺を指さして言ったのです。

冷水を浴びせられたような気持ちになりながら、歯を食いしばると、激痛が走りました。嚙み締めた奥歯が割れたのです。もともと歯を食いしばるくせがあり、なんとなく痛いなと感じていた部分が、がりっと音を立てました。居たたまれずに立ち上がろうとする俺を、看護師長が横に座ってきて制止しました。

救命医は「お兄さんのご病気は、特定の集団間で伝染する類ではありません」と断った上で、全身の炎症からの低血圧性ショック状態から改善途上であることを説明しました。そして「今の発言は、私たちが日ごろから信頼する彼に対する侮辱です。続けてあなた方が説明を希望するのであれば、まず彼に謝ってください」と言ったのです。

俺は泣きそうになりました。もう、何となく何が起こっているのか、救命医も看護師長もわかっているはずです。そもそも部外者の俺を部屋の外に出すこともできたはずです。クレームにもつながりかねない発言に、申し訳なさと感謝の思いが沸き起こりました。

「娘が大変失礼しました。私自身も差別的な思いを少なからず持っていました。お詫びします」と父親が頭を下げました。妹は「すみませんでした」と言い、部屋を出て行ってしまいました。彼女が兄である彼氏を大切に思っているからこそ、出た発言だったと思います。

「一応、いくつかの感染症の検査をしました。HIVも含みますが、陰性でした。ただ、継続して培養しているCREなどの結果は出ていません。これらは私たちの体内にも存在しますが、普段は免疫によって悪さをしません。何らかの基礎疾患によって自己免疫機能が低下した際などに、このような症状を呈することがありますので、原因は特定しつつ、全身状態の改善を図っていきます。意識は戻りましたが、まだ面会は許可できません」

救命医は説明が終わると、俺の肩を軽く叩いて出ていきました。患者の家族からすれば心情を害する可能性もある行為で、普段は絶対にしないことです。それだけ異様な雰囲気であったと、後日聞きました。

みんな、彼氏を大切に思っているから

説明が終わり、彼氏の父親はもう一度俺に頭を下げてくれました。俺は恐縮してしまい、頭を上げてくれるように何度も言いました。とりなすように看護師長が「お話もできるようになってきているので、もう少しで面会も許可できると思いますから」と声かけし、一緒に部屋を出ました。

外では妹が待っており、泣きながら俺に「すみませんでした」と言ってくれました。俺も涙が出ました。みんな、彼氏のことが大切であることに変わりなく、一命をとりとめてくれたことに安堵し、ようやく一息つけたのです。

父親が「そういえば、蘇生に関して先生に伝えたいことがあって」と看護師長に伝え、改めて救命医が戻ってきました。今度は妹も同席する中で、「不可逆的な状況下においては、人工呼吸器挿管、心臓マッサージ、強心剤の投与といった延命行為を行わない」という意思表明がなされ、それが意味することを再度、医師から説明され、父親と妹による彼氏の推定意志として、その場で電子診療録に「DNAR」と日付と共に記載されました。

命を救う救命救急の場で、DNRの取得は異例とも言えますが、彼氏の病態的におそらく明日には一般病棟に移るだろうと救命医も判断したのでしょう。 父妹と別れ、職場に戻りました。課長に戻ったことを報告すると、「今日はもう仕事にならないと思う。帰りなさい」と言われました。泣き腫らした真っ赤な目をした俺は、そのまま白衣を脱いで更衣室に行き、昨夜と同じように座り込んで動けなくなってしまいました。

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